プロフィール

こんにちは。管理人の”きしめん”と申します。(※食べ物ではありません)

当ブログ「めんぷっと」にお越しいただきありがとうございます。

 

このページは、当ブログを更新している”きしめん”という人物について興味が湧いてしまった方のためのページとなっております。

読んでいただいた暁には、”きしめん”がどんなことをしていて、どんなことを考えているヒトなのか、少しでもイメージできればと思います。

 

めんぷっとは「きしめん」と「アウトプット」の足し算です

 

きしめんって食べ物の”きし麺”じゃないの?(違います)

 

本名はキシメグミと申します。
東京生まれ東京育ち、都内在住の25歳(2018年12月現在)。

少し体格の良いぽっちゃり眼鏡女子で、身なりに無頓着すぎて少々ボーイッシュです。

マンガを描いてみたり読んでみたり、SNSを徘徊したり発信したりを好んで行い、時に一人でカラオケに行って熱唱する自分に酔いしれるような人です。
最近ではオンラインコミュニティ「ライフエンジン」にどっぷりハマって、コミュニティ仲間(=ライフエンジニア)と一緒にさまざまなイベント・活動を行なっています。
また、文章を書いたり、考えていることや気づきを言語化することが好きで、「考える」という行為と「書く」という作業を同時進行で行う習性があります。

仕事は2018年12月7日に会社員を辞めたばかりで、フリーランスとして事業を確立させようとしているところです。(つまりほぼ無職なう)。
文章を書く、言葉で表現するなどが得意なこと・好きなことであるので、「アウトプット(発信)」を通して仕事していくことを目指しています。

 

”きしめん”と名乗っているのは、実は実際のあだ名で呼ばれ慣れているからです。
高校時代、部活見学で自己紹介したとき「キシメグミです」と名乗ったら、「え?きしめん?」という同期の素晴らしすぎる空耳が発動して、そのままあだ名として定着しました。

そう、決して食べ物由来ではないのです(きっぱり)。

SNS上や所属しているオンラインコミュニティ「ライフエンジン」では、”めん”と略されることもしばしばあります。
「めんさん」「めんちゃん」「めんめん」などと呼んでいただいてます。
それはそれでお気に入り(‘ω’)えへ。

 

ブログ名「めんぷっと」というのは、いわゆる「アウトプット」に私の名前”きしめん”を足したものになります。

「アウトプット」はとても広い意味があります。
文章を書くのも、話すのも、絵で表現するのも、歌や音で表現するのも…”何かに影響されて行動に移すこと”そのものがアウトプットなのではないかなと考えています。

私はなかでも”何かに影響されて、それを表現すること”がとても好きです。
文章を書く、絵を描く、音楽を演奏する・歌う…そのどれもをやっていきたいと思っていますし、それをやるにあたって抵抗感や疲労感はほとんどありません。

表現すること、私なりの「あうとぷっと」で生きていけたらいいな、とすら思っています。

そんな思いもあり、私が行うアウトプット模様をお届けする、という意味も込めて、当ブログの名前は「めんぷっと」となりました。

 

このブログはきっと、ひとつの物語になる

 

私はこのブログをとおして、「理想」実現のための最短距離を模索していくとともに、私が歩んできた道を記録していきたいと考えています。

 

好きな時に働き、好きな時に休む。
好きなように遊び、好きなように学ぶ。

そんな「好きなように生きる」人生を歩むこと、それが私の「理想」です。

 

私は少し前まで都内の小さな小さな清掃用具メーカーで会社員として働いていたのですが、現在は「好きなように生きる」という「理想」実現を目指し、フリーランスとして生活していこうとしています。

貯蓄も少なく、特技やスキル・実績といったものもなく、ただ「理想」へ近づきたいという気持ちだけを持って会社を飛び出した私ですが、後悔は一切ありません。

 

会社員時代、失敗続きで自信を失い、自己肯定の仕方さえ忘れた時期もありました。
会社と家の往復で、休日は寝てばかり。働く意味がわからなくなった時もありました。
とにかく会社に嫌気がさして、会社を目の前にして体が動かなくなり、家まで引き返した日もありました。

私は何がしたいのか、全く見えずにずっと苦しみ続けていたのです。

 

そんななかで出会ったのが、オンラインコミュニティ「ライフエンジン」

この出会いで私の生活は大きく変わりました。
出会えたことにとても感謝していますし、今も所属していて、たくさんの恩恵を受けています。

この恩は一生かけても返しきれないくらいだとすら思うほど、私が変われたのは「ライフエンジン」のおかげだと考えています。

 

「ライフエンジン」のおかげで、少しずつ自己肯定感を取り戻した私は、「理想」を探し当てようともがきました。

会社とも衝突して、ボーナスに響くほど評価を著しく下げたりもしました。
会社での業務の取り組み方を変えるか、転職すべきかで深く悩んだりもしました。

そして2018年11月。
私はようやく「好きなように生きる」という理想を見つけることができました。

 

会社から逃げることが目的ではありませんし、フリーランスになることがゴールではありません。

「好きなように生きる」を実現すること、それが私のゴールなのです。

 

現状、私が思う「理想」実現のための手段として、フリーランスが最も有効なのではないかと考えているからこそ、フリーランスで生活しようと実験を始めました。

2018年12月からの半年間、バイトなどもせず貯蓄だけでやり過ごしながら、フリーランスとしての事業を起こすことにフルコミットし、生活できるレベルまで稼げるようになるか?
多くの人の支援と後押しを受けながら、半年のチャレンジを開始しました。

 

このブログでは、アウトプットとしてそんな私の挑戦・学びを記録していくとともに、いつかの自分に「武勇伝」として語れるような、ひとつの物語を描いていけたらいいなと思っています。

 

 

”わたし”の中身とこれまでの歩み

さて、ここでまた疑問に思われることでしょう。

「で?」と。「結局お前何なの?」と。

 

私がどんなヤツで、どんなことを考えているのかを知っていただくためには、
まずはさっくりと”きしめん”の生い立ちをご紹介したほうがいいかなと思います。
(※しつこいようですが、食べ物の話ではありません)

 

物心ついたころから、母は絶対的な存在でした(幼少期)

 

私は「少し目を離した隙にどっかいなくなる」子だったらしく、とにかくじっとしていられなかったらしいです(母談)

 

物心ついたころから、父、母、2つ年上の姉の4人で暮らしていました。

父は、出張ほどではないですが、遠方に仕事に出ていることが多く、朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくる人でした。

母はパートとして働きながら家事をこなし、姉と私の2人の子供の世話をしていました。

姉は、幼少の頃はとても引っ込み思案で大人しく、初対面の大人には一切近づこうとしない子供だったそうです。

そんな姉とは対照的に、私はとても人懐こく、初対面の大人でも人見知りはしなかったとのこと。
(なんなら、遊びに行った公園で全く面識のない子のお父さんをナンパしていたらしい(母談))

 

幼い私にとって、家族は大好きな存在でした。

特に母は、怒らせるととてつもなく怖いですが、一番世話を焼いてくれるヒトであり、私にとって最も正しい人でした。
母の言うことを聞かないとまずい、母の言うことを聞いておけば間違いない、という意識が既にあったように思います。

抑圧されていたわけではありません。
むしろ、好き放題させてもらっていたんじゃないかと思います。
ただ、怒るときはしっかり怒る、を母は徹底していたので、私の中で「母を怒らせてはいけない」という意識が当時から強くあった憶えがあります。

また、母の言うことは、幼いながらも「そのとおりだな」と納得していました。
基本的に奔放すぎる私が、約束を破ったり、自己都合のために嘘をついたり、危ないことをしたりした時に、しこたま怒られて泣いていました。
怒られた理由はいつも明確で、納得できるものであり、幼い私でも理解できるものでした。
だから、私にとって母は「私を正してくれる人」でした。

 

怒られたくない、という考えからそうなってしまったのかなと思いますが、当時、母が絶対的存在であることに一切疑問を持つこともなく、むしろそれが当然のこととなっていました。
無意識ながらも、母に絶大なる信頼をおきながら幼少期を過ごし、すくすくと育ちました。

 

身体が大きいというだけでイキっていた時期もありました(小学生時代)

 

よく食べ、よく寝て、よく遊ぶ子供だった私の体はすくすくと成長し、小学校に入学してから卒業するまで、背の順で1番後ろ以外に並んだことがありません。
小学校6年生で165センチほどで、ほとんどの同級生男子にも追い越されることはありませんでした。

低学年の頃から体が大きくよく運動していたので、男の子と遊ぶことが多かったように思います。

休み時間は外でドッチボールか鬼ごっこ。
教室で遊んでいる女の子たちが何をしているかなんて考えたこともありませんでした。

また、身体が大きい分だけ他の子より力が強く、男の子相手であっても、多少の叩く蹴るのケンカで負けることはありませんでした。

 

そう、いわゆるやんちゃなガキ大将のようなポジションだったのです。

 

今思えば、体格が良かっただけで、他にとりえはほとんどなかったように思います。
特別歌が上手いわけでもなく、とりわけ絵が上手いわけでもなく、勉強が飛びぬけてできたわけでもありません。
しいて言えば、少しだけ足が速かったことぐらいでしょうか。

体格の良さと気の強さだけで、自分のことを認めてもらおう、受け入れてもらおうと必死になっていたのかなと思います。

 

高学年になるにつれ、不思議と女の子たちと過ごす時間が増えていきました。
何がきっかけだったのかはさっぱり憶えていませんが、きっと思春期に入ったんだと思います。(他人事)

マンガについて興味を持ち始めたのもこのころでした。

父親が週刊誌を持って帰ってきてくれていたので、よく読ませてもらっていましたし、日曜朝のアニメもよく見ていました。
仲の良かった友人がイラストサイトを開設したりなどとても活発に活動していて、それにとても影響され、イラストやマンガを”描く”ことに興味を持ち始めたのも、このころでした。

 

子供っぽいやんちゃさを残しつつ、漫画家になりたいとぼんやり思い始めた小学生時代でした。

 

先輩と後輩を敵に回した暗黒世代(中学時代)

 

Coming soon…