【自分史】やんちゃ坊主は知らないパパをナンパする【幼少期】

自分史

こんにちは。きしめんです。

 

自分史、つまり自分の生い立ちを振り返ってみることで、過去の経験が今の自分にどう影響しているのかを考えてみたり、自己理解のヒントを得たりすることができるかなと思っています。

そこで、今日から少しずつ、自分の過去を振り返ってみようかなと。

 

自分で印象に残っているエピソードを拾いながらになりますので、長いシリーズになりそうな予感がしますが、のんびり根気よく参りましょう。

 

今回は幼少期の自分を振り返ります。

 

日焼けしたら黒くなるタイプです

 

幼少期の私の記憶は、ほとんど母の話で形成されています。

小学生の時、「自分の生まれについて、親にインタビューしてみましょう」という宿題が出て、母に自分の生まれたときの話を聞いてみたことがあります。

その時、私の肌の色についての話になりました。

 

私はもともと肌の色が濃く、日焼けをするとキレイに真っ黒に焼けます。
反対に姉は色白で、日焼けをしても赤くなる人でした。

姉「めぐ(私の呼び名)って肌黄色いよね」
私「きいろ!?」

いやまぁ黄色人種ですし…

姉は白いよねーなんでだろうねーと子供ながらに話していたら、母が言うのです。

「あんたが生まれたときはもっと赤黒かったよ」

あ、”赤黒い”とな……(; ・`д・´)

「そう。お腹から出てきて初めて見たときに、『赤黒っ!』って思ったの憶えてる」

記憶に残るほどの赤黒さ…姉がそうでもなかった分だけ、印象に残っていたそうです。

 

姉妹で日焼けパターンが違うのも不思議だなぁと思っていましたが、生まれた時から肌の色に差があったようです。

ちなみに、母は日焼けすると黒くなり、父は日焼けすると赤くなるタイプです。
それぞれ完全に遺伝ですね。笑

 

行方不明事件は1回じゃ終わりません

 

当時、私はとにかく好奇心旺盛で、「これ!」と思ったら他には目もくれない猪突猛進な性格だったそうです。

そのおかげで、両親が少し目を離した隙にどこかへ行ってしまうことが多々あったんだとか。
いくら「ここから動かないでね!」と口を酸っぱくして言い聞かせても、目を離して戻った時には行方不明。

言葉通り、じっとしていられない子供でした。

 

スーパーなどで行方不明になった時には、勝手に外に出て道路へ飛び出してしまわないかと肝が冷えたと、当時の話をすると必ずといっていいほど母は言います。

デパートの本屋さんで見失ったときは、私は床に座り込んで絵本を読んでいたので動いていなかったのに、父はあちこち探し回ってしまったそうです。
いつもどこかへ行ってしまうイメージがあったから、その場に座り込んでいるだなんて思いもしなかったんだとか。

 

また、公園に遊びに行った時も、母が、私が滑り台で遊んでるなーと確認しつつママ友と話をして、視線を戻すといなくなっているなんてしょっちゅう。

ある時には、砂場で全然知らない子のお父さんをつかまえて一緒に遊ぼうとしていたそうです。
知らないお父さんをナンパする私、強すぎかよ。笑

 

これまた面白いのは、姉はまったくの正反対なのです。

「ここにいてね!」と言ったら、いつまでもその場から動かないような子供で、「遊んでおいで」と言っても母の傍から離れないような引っ込み思案だったそうです。

知らない人に近づいていくなんて、もってのほかでした。

だからこそ、ある意味で私の捜索はしやすかったんだと思います。
姉はじっとしていられる子だったので、私を探している両親をきちんと待っていられる子でしたから。

 

姉妹でこうも正反対なのは、本当に面白いなと思います。笑

 

幼稚園時代はまるで男の子

 

4歳から小学校に上がるまでの間、私は幼稚園に通っていました。

具体的な記憶はほとんど残っていないのですが、とにかく男の子と一緒に外で遊ぶのが大好きだったのは憶えています。

 

チラシを細く細く巻いた棒がお気に入りで、園長先生によく作ってもらっていました。
チャンバラごっこに使うこともあれば、ただただ持って走り回るだけの時もありました。

また、当時から同年代の子たちのなかでも体が大きくて、力自慢でした。

担任の先生をおんぶして持ち上げたこともあった気がします。
(もちろん、重くてすぐ力尽きていましたが)

 

走り回って遊ぶことばかりをやっていたおかげで、下半身はめきめき鍛えられたなぁと、今振り返ると思います。

おかげで足はそこそこ速くなりましたし、逆に鉄棒や雲梯は絶望的にできませんでした笑
ジャングルジムは好きだったんですけどねぇ。やっぱり走れませんからねぇ。笑

もう少し上半身も鍛えといたほうがいいぞ、幼い私よ……(˘ω˘)

 

まだつづいちゃいます幼少期

 

という感じで、幼少の頃の私は、とにかく落ち着きがなくてよく走り回る子供でした。

そして、私の生い立ちを振り返るにあたって、やはり姉の存在は大きいなぁと書いていて気づきました。

 

姉は生まれたときから一緒で、思い出話のなかではいつだって比較対象でした。

当時の私はあまり気にしていなかったかもしれませんが、今思うと、無意識にもその存在に影響を受けていたかもしれません。

姉がいるからこそ好き勝手できたのかもしれませんし、姉もまた、私が奔放だったからこそ内気になったのかもしれません。

 

せっかくなので、次回は姉について紹介しつつ、もう少し幼少期を振り返ります。

 

今日はこの辺で。