自分が「嫌い」

思考整理

何かと都合の良い言い訳をして、面倒なことを避けている。

言い訳ばかりが上手くなっている。やらなくて済む理由を探すのが上手い。
なんなら謎理論を創り出してでも避けようとする。

頭で「やらなきゃ」と思うことほど、後回しにする言い訳を考えている。

そんな気がする。

いかにも、「わたし、ちゃんと考えてますよ」的な語り口で、自分の都合の良い言い訳を並べることに慣れすぎている。
それでいて、「頑張ってるね」という類の言葉をかけられることに期待を寄せている。

そんな自分が嫌いだ。「好きじゃない」とかいうレベルではない。大嫌いだ。

でも、「そんな性分なのだから仕方ない」と、諦める方向へと思考が流れていく。

ああ嫌だ。

 

ダメな自分を受け入れる。それが本当に難しい。

できているような錯覚に陥っては、できないなかったことに気づいて落ち込む。その繰り返し。
結局、何も変わっていなかったのだと、他の変化に目を向けず、一緒くたにして大げさに落ち込んでいる。

完璧な自分なんていなくて、完璧じゃないからこそ個性なのだと、頭では思っているけれど、いつまでもいつまでも「完璧こそが至高」みたいな考えが消えなくて。
自分のダメな部分を探しては、勝手にダメ出しして勝手に落ち込んで、落ち込んだ様を見てもらって励ましてもらいたい、構ってもらいたいような態度をとって。

そんな自分が本当に嫌い。隙あらば構ってもらおうとする無意識な自分が嫌い。

 

常に誰かから施しを受けようとしている。
自分から何をするわけでもないのに、誰かから何かを得たいと考えている。

何かを得られるほど、自分は何かしたのだろうか。「否」と答えざるを得ない時でさえ、何も得られないことに不満を持っている。
何もしていないのに、何も得られないことを嘆いているなんて、なんて傲慢なのだろう。

そんな自分が大嫌いだ。本当に。

 

じゃあ、どんな自分であれば好きになれるのだろう。

自分を信じる。それができるようになりたいのに、このままだと「嫌い」で塗りつぶされてしまいそう。

自分の好きな部分はどこかと考えたときに、何も出てこない。
自分のことを好きだと思ったことがない。でも、好いてほしいと常に思っている。何なんだ。

ちやほやされたいのはどうしてなんだろう。
自分を好きになってほしいのはどうしてなんだろう。

全然わからない。

好いてくれたらとても嬉しいし、いつもいつも異常なくらい好かれたいという気持ちが粘っこくへばりついている。気を抜くとすぐ構ってほしい態度を取ろうとする。なんならきっと取っている。

でも、好かれたら好かれたで、どうして好いてもらえたのかを心底疑問に思う自分もいる。

自分を自分で好きになったことがないから、どうして好きになってもらえたのかが本当にわからない。

好かれたかったはずなのに、好かれたことが理解できない。何なんだ、本当に。

 

頼られる人に憧れる。そういう人になりたいと思う。

そのために、自分を成長させたいと思う。頼られるような立派な人間になりたいと思う。

でも、自分を好いてもいないし信じてもいないから、頼られると「どうして自分なんかを頼ってくれるんだろう」と考えてしまう。

信じてくれた方々に、とんでもなく失礼な話だろう、と思う。
でも、本当に疑問に思ってしまうのだ。

 

自分を嫌ったまま、誰かに好いてもらえるんだろうか。
自分を信じられないまま、誰かに信じてもらえるんだろうか。

誰よりも何よりも、私はわたし自身に好かれたいのかもしれない、な。
紛れもないわたし自身に、信じてもらいたいのかもしれないな。

たぶん、ね。まだよくわかんない。

 

無意識に構ってちゃんと化している自分が嫌い。何もしないまま何かをもらおうとしている自分が嫌い。何もしないまま成長できると勘違いしている自分が嫌い。面倒くさがっていたら誰かが助けてくれると思っている自分が嫌い。苦手と言えば逃げられると思っている自分が嫌い。

「すごい人になりたい」と思い続けてきた。今も思っている。
一方で、「すごい人になんてなれない」と思っている自分もいる。

「だって努力できないじゃん」「すぐサボるし」「今ごろもっと前に進んでるはずだよ」「昔から全然成長してないじゃん」「何も変わってない」「だったらこんなことで悩んでないよ」「素直に真似もできないくせに」「宣言してもやらないなんてザラじゃん」「約束破ってばかりなのに」「甘えてばっかりのくせに」

 

「よくそんなこと言えるよね、烏滸がましい」

 

最近、ようやく、自分のことを少しずつ信じることができるようになってきた。

けれど、今はまだ、どうしても、自分を好きになれない。
好きにならなくていいのか、好きになったほうがいいのかも、まだよくわからない。

でも、少なくとも、自分を信じるようにはなりたいと思うから、今は、それを頑張ろうと思う。