とある日の泣き言。

思考の書き出し(メイン)
こんにちは。きしめんです。
以下の文章は、とある日に、お酒が入った+1日中遊んで疲れていた+眠かった状態で、お出かけ後の深夜の帰り道に急激に物悲しくなり、とんでもなく気分が落ち込んだ時に書いたものです。
翌朝ケロッと回復しましたので、それを踏まえたうえでお読みください。
とんでもなくネガティブです☆

 

ボロボロに泣いてしまいたい。
けど、それでは解決しないことも知っている。
泣いたって仕方ない。
でも泣いてしまいたい。

おかしいなぁ。さっきまでは確かに楽しかったし、良い気分だったはずなのになぁ。

落差よ。

こんなことしてる場合じゃないって言葉が浮かんだから、そういうことなんだと思う。
こんなことしてる場合じゃ、ないんだよなぁ。

頭ではわかってる、って多分言い訳の一部に過ぎない。わかってるならやれるとこまで持っていけるはずなのだ。でも、それをしてない。持っていってない。わかってるなら、やればいいのに。

泣いて済むならとっくに幸せになってんだよ

しにたいという単語が出る時点で相当

もういっそしんでしまいたいと。

言ったらラクになったりしないかなっていう、そんな安直なこと。けど、相当なことだ。

本当にヤバい。ヤバいという言葉の重みのなさが悔やまれるくらいにはヤバい。
何よりヤバいのは、危機感レーダーだけでは体が動かなくなっていること。
焦燥感すら出てこない。意味がわからない。

たとえこれがPMSによるものだったとしても、さすがに何か手を打つべきだと思う。

打ちひしがれる、そんな感じだ。

馬鹿みたいだ。なんならもう馬鹿だ。

吐いてスッキリするなら吐きたいし、泣いてラクになるなら泣いてしまいたい。

泣くことも吐くこともかなわない。

泣きながら歩いた。でも頭の中は前向きだった。本当にヤバい状態なのかもしれない。わからない。

泣いていたけど、頭の中は気分が良くて、「これだ!」と確信めいたというか、ひらめきがあったときのような感動すらあった。

その状態で涙を流しているのは何故なのだろう。

こういうとき、「あの人に話聞いてもらおう!」ってなれなくて、「誰にしよう?」って選ぼうとするのがなんか嫌だ。

ぐしゃぐしゃだ。寝てしまおう。