承認欲求の満たし方を完全に間違えていた頃の話

経験・体験談

こんにちは。きしめんです。

過去に書き並べたことばのなかで「これはブログに置いておきたいな」と思ったものをそのまま載せる「わたしのことば」シリーズです。

昨夜、自分の原動力や情熱は何か、を考えるとっかかりになりそうな話を聞きながら、過去の自分のことを思い出しました。

昔の自分は、とにかく「すごい」と言われたい承認欲求のでした。すごいと思われそうなことをひたすらやろうとしていました。

今回のことばは、そんな過去の自分を振り返ったとき(2018年10月21日)のことばです。

幼いころから「すごい」と思われたかった

人を褒めちぎるなんて、しかも本人を前にして直接伝えるなんて、そんなの今までしてこなかったな。たぶん、嫉妬心の方が強かったから。

わたしの方がすごいって思いたくて、誰かを褒めるなんて「良い人なわたし」を見せるためのパフォーマンスだった。

小学校時代がそうだったかも。内心で「わたしってすごくない?」と思い続けて、他の人よりわたしの方がすごいと信じていた、思い込んでいたなぁ。

けど中学時代から段々と、わたしより勉強ができる人がいて、わたしよりスポーツできる人がいて、わたしより歌が上手い人がいて、わたしより絵が上手い人がいて……わたしってすごくないんだなって、じわじわと思い知らされてきた。

(書いていて思ったのだけど、わたしは容姿に関しては最初から諦めていた気がする)
(わたしより可愛くて人気者な子は、幼稚園の時から存在していたし、見た目の可愛さでは敵わないんだと、子供ながら無意識に持っていたのかもしれない)

「自分はすごい」と思い込みたかった

高校時代まで、「わたしはすごくない」ってことを認められてなかった。どこかでまだ「しっかり者なわたし」「(周りよりも)勉強ができるわたし」「まとめ役なわたし」とか、そういうところに縋っていた。

事実としてわたしより成績が良い人なんていっぱいいたし、まとめ役なんてわたしがいなくたってやってくれる人や得意な人はいた。

でも、わたしの中で「すごくなければ存在価値が、存在意義がない」って、何故か思い込んでいたから。「どうすればいいんだろう」っていう漠然とした、けれどそれは大きな不安に飲み込まれるのが怖かったのかもしれない。(当時はそんなこと考えもしなかったけど)

大学時代は「どうすればいいんだろう」っていう不安に、まさに飲み込まれていたと思う。「わたしって、全然すごくない」って、思い知らされて愕然としていた時代だったんだなぁ、きっと。

すごくないなら、すごくなりたい

何か衝撃的な出来事があったわけじゃなくて、ただジワジワと、まるで侵食されていくような感覚で、わたしは、わたしが思っているよりもすごくないんだということを思い知った。

このジワジワとした侵食は、中学時代から始まって、大学時代で侵食され尽くした感じかな。そこから自暴自棄気味だったんだなぁと今になって思う。

何をしても、どう頑張ったところで、わたしはすごくなれないって、勝手に諦めていたくせに、「すごい人になりたい!」という欲求ばかりが強かった。だからいろんなことに手を出しては途中でやめる、を繰り返していた気がする。部活も、勉強も、バイトも。

今思えば、とてももったいないことしたなぁ…

舞い上がっては落ち込む日々

就活が本格的に始まっても、わたしはすごい人になりきれない人間なんだという思い込みがガチガチに固まっていたから、アピールできることが無いなぁと思っていた。

だから人が良ければ職種なんてどこでもいいや、と思って人が良さそうな会社に入った。

そこでも失敗ばかりでさらに自尊心を失っていったりしたな。

でも部署を異動して、わたしよりも確実に下だと勝手に決めつけた社員さんの存在があって、「この人よりはマシ。この人よりはすごい」って思って、気が大きくなった。

たぶん、「この人よりすごい」っていう、「わたしはすごい」と思える感覚が久しぶりすぎて、テンション上がっちゃったのかもな、って今振り返ると思う。

調子乗りすぎて先輩にガチトーンの注意を受けてまた凹んだ。やっぱりわたしはすごくなかった。(ブログはこの頃から書き始めたなぁそういえば)

仕事で不満が募っては愚痴を言いまくって、わたしはまた「どうすればいいんだろう」に飲み込まれていた。一人暮らしを始めてから、「どうすればいいんだろう」を1人で悶々と考えることが多くなった。不安から脱したかった。

(最初の話に戻ると、わたしはこの時までずっと、誰かを褒めるということはほとんどしてこなかった)

出会いへの感謝

そんな折に、出会うことができたのがライフエンジンだった。

わたしの意識は劇的に変わった。

「べつに、すごくなくていいんだ」。

そのことに気付かせてくれたのが、ライフエンジンだった。

すごくなくても、わたしはわたしで、そのまま居ていいんだと、繰り返し繰り返し教えてくれた。むしろ「ここがすごいじゃん!何言ってんの!」みたいな、わたしがずっと中途半端で役に立たないと思っていた持ち物を、それは強みなんだと教えてくれた。

すごい人になりたいっていう気持ちは、消えたわけじゃない。でも、以前のように縋りついてなきゃいけないほどには強くない。

批判的・否定的な言葉は異常に怖いけど、褒めてもらえるようになって、わたしはわたしでいいんだと自分で認められるようになってきた。

これって本当にすごい変化だ。そりゃあライフエンジン好きになるよな、って感じ。

本当に、本当に救われたんだよ。
ありがとう。

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