【夢を語る】今こそ再挑戦して過去の自分を救いたい話

ドキュメンタリー

こんにちは。きしめんです。

前回に引き続き、ブログが止まっている間にいろいろあった結果、「こういうことをやっていきたいなぁ」と考え始めたその内容についての話をしていこうと思います。
これで2回目ですね。

ちなみに前回はこちら⇒【夢を語る】ライフエンジン音楽会を通じて、人の思いをカタチにするお手伝いをしたくなった話

今回は過去の自分を救いたい話です。

過去の自分を救おうとする友人の語り

以前、こんな記事を書きました。

【フリーランスの自己分析】目的なんてなく勉強することにしてみた
特に目的もなく「勉強したいなぁ」と思うのはどうしてなんだろう。(ここでいう勉強というのは、いわゆるテストで良い点を取るための努力のことを指す)学生の頃は、高校に入るためとか大学に受かるためとか単位を取るためとか、一応目的があったわけだ...

実は、このなかにも出てくるのですよね、「過去の自分を救う」という言葉。

「過去の自分を救う」という言葉は、大学時代の友人から聞きました

小中学校の頃、友人はクラスに居場所がなく、いつもひとりで過ごしていたそうです。
学校ではない場所にも居場所があったらいいのにな、と感じた友人は、大学・社会人になってから、大人が寄贈した本を集めて10代の若者のための本屋さんを営むという活動を始めました。(参考:『暗やみ本屋ハックツ』
この活動を通して、彼女は「過去の自分を救いたい」のだと言いました。自分のような思いをする若者を少しでも減らせるように、学校の外に若者の居場所を作りたい、それが過去の自分を救うことにつながるのだと。

私は「過去の自分を救う」という言葉がとても強く印象に残りました。
過去の自分って、救えるのだろうか。私にとって、「過去の自分を救う」というのは、どういうことだろうか、と考えました。

あまり明確な答えは出せぬまま、ひとまず先ほどの記事のように、漠然と学生時代にやっていたことをもう一度やってみたらどうだろうか、と思い当たったのが今年(2019年)3月のことです。

私流・過去の自分の救い方

それからしばらく、勉強してみようと考えはするものの手に着かないまま、お金を溶かし、パートを始め、ブログの更新を止めて、メンタル激落ち期を過ごしました。

お金の管理と時間の管理に力を入れて取り組んで、ようやくまたブログ活動を再開しようかな、と思い始めた頃に、とあるコミックエッセイを読みました。それが『自分を好きになりたい。 自己肯定感を上げるためにやってみたこと』(わたなべぽん)でした(参考:画像リンク)。

こちらのコミックエッセイ に、幼い頃の自分がやりたかったけどできなかったこと、上手くいかなかったことを、大人になってから再挑戦する話が描かれていました。
たとえば鉄棒で逆上がりすることだったり、歯磨きカレンダーを毎日更新したりすることだったり、過去の自分が諦めてしまったこと、挫折してしまったことに丁寧に向き合って取り組んでいました

「これだ!こういうことか!」と思いました。
過去にできなかったことや、やる前から諦めてきたこと、やらずに後悔したことを、今だからこそ挑戦する…それが、私にとっての「過去の自分を救う」ことなのではないだろうかと。

私は小学校~大学まで、学生時代にたくさんの後悔と諦めをしてきました。
それらは社会に出た今でも心の中で引っ掛かっていて、自信のなさにつながったり、自分の殻に閉じこもることを正当化する言い訳にしたりしていたように思います。

だからこそ、そんな引っ掛かりを生んだ過去の自分を救うことで、もっと成長できるかもしれないし、良い方向へ変化を起こせるかもしれない。そう思いました。
だから、学生時代のように、勉強をしたり、部活動やゼミに参加したり、練習が続かなくて辞めてしまった楽器演奏や鉄棒、一輪車に挑戦してみたりするのも有りなのではないかな、と思うようになりました。

そして、はじめの一歩として、オンラインコミュニティ内で自分なりにゼミを開催し始めました
ゼミ参加者が定期的に集まり、個々の目標に向かっていく活動の進捗を報告し、お互いに意見を述べ合うような場にしていくことで、楽しくも充実した時間を過ごせるようにしたいと思っています。

過去を言い訳にして諦めるより、過去を動機にして挑戦する

過去の後悔があったからこそ、過去に諦めたことがあったからこそ、今の私が挑戦できる。

そんなふうに、過去の自分を経験や体験を、誇らしく思える日が来るのではないかなと密かに期待しています

「過去の自分を救う」。これから少しずつ取り組んでいきたいことのひとつです。