大好きな漫画を突如として読めなくなった話【高校生時代】

自分史

こんにちは。きしめんです。

突然ですが、あなたは好きなことを嫌いになったわけでもないのに、好きなことが突然できなくなってしまった、なんて体験はありますでしょうか。
私にはあります。

嫌になる出来事があったとか、関わった人間が変わったとかいうわけでもないのに、昨日まで好きでやっていたことが全くできなくなってしまった。これはそんな不思議な体験の話です。

漫画が大好きな高校生

それは、私が高校生だった時の体験です。
1学年6~7クラスあるようなそこそこの進学校に、片道約1時間かけた電車通い。部活動は漫画研究部(いわゆる漫研)と文芸部、軽音部に所属して、クラスではあまり目立たず比較的大人しく過ごしていました。学業の成績は特別良いわけでもなければ、特別悪いわけでもありませんでした。
一緒に笑い合える仲の良い友達もいて、勉強は好きではありませんでしたがサボるほどではなく、部活は漫研をメインに割と真面目に楽しく取り組んでいました。

特にその頃の私は、マンガイラスト関連の活動に夢中でした。
授業中、プリントの裏やノートの端のほうにラクガキしたり、テスト中、全て問題を解き終わったら問題用紙の裏にラクガキをしたり、とにかく空白を見つけたら自然と絵を描き始めてしまうような人でした。また、(バイトをしてなかったので)自分の少ないお小遣いのなかから、毎週欠かさず週刊少年ジャンプを買って読んで、気に入った作品があれば単行本も集めたりしているような、マンガを読むのも大好きな高校生でした。

 

そんな高校生活も残り1年をきって、クラスでも部活動でも、秋の文化祭に向けて準備を進めている時のことでした。

クラスでは、3年生恒例の演劇を披露することになって、夏休み前から演目内容を決めて、舞台美術班と役者班とで役割を決めて、夏休み中も集まって準備を進めようという話になっていました。私はクラスの文化祭実行委員になってホームルームの進行をしたり、生徒会や先生とやりとりしたりしていたのを憶えています。
部活では毎年恒例の部誌発行に向けて原稿を進めつつ、2年生の部長に仕事の引き継ぎをしていました。1年を通してどんな仕事があって、文化祭の時には何が必要で、などを説明して、困ったときの相談役をしたりしていました。また、軽音部では練習があまりできなかったものの文化祭ライブに向けてギターも歌も少しずつ練習しようと動いていました。

いつもの登下校、いつもの授業、いつものテスト、いつものラクガキ、いつもの漫画に、いつもとはちょっと違う放課後が加わったような感じでした。

そんな、高校生活で最も楽しいともいえるような時期の夏休み。もうすぐ2学期が始まるぐらいの8月終わりのある日。

私は、夢中だったはずの漫画を読むことができなくなったのでした。

好きなはずなのにできない、異変

毎週月曜、少年ジャンプの発売日。楽しみにしていたはずの漫画の続きを、いっさい読む気になりません。何度も読み返すのが習慣だったはずの家にある単行本に手を伸ばすこともありません。夏休みであろうとも気が付いたら描いていたはずのラクガキも、まったく描かなくなりました。

それはあまりに明らかな異変でした。

描く楽しさを取り戻したくてペンを手に取り紙に向き合ってみても、何も描くことができません。大好きな漫画を読んで元気をもらおうとページをめくっても、読み進めていくことができません。すぐに手を止めて、何もしたくない気持ちになってしまいます。

高校生活がつらいわけではありませんでした。
不満がたくさんあったわけでもないし、あったとしても仲の良い友達と過ごせばストレスなんて楽しさですぐに忘れました。勉強は将来必要になるものだと割り切っていたので我慢できないほどの苦痛に感じたことなど一度もありませんでしたし、大好きなものと向き合っている時間さえあれば、マンガを読みラクガキに夢中になる時間があれば嫌なことなんて気になりませんでした。
クラスメートと喧嘩をしたわけでも、部活動で大失態を犯したわけでもなく、ただ秋の文化祭に思いをはせながら夏休みを満喫していただけ。

なのに私は、本当に突然、好きなことも何もかも、全て手放したくてたまらなくなってしまったのです。

 

それは夏休みが明けても続きました。
毎週欠かさず顔を出していた漫研の活動も休むようになり、クラスの文化祭準備も気合の入った活発な子たちを中心に回してもらうことにして、どこか抜け殻のような気持ちで取り組んでいました。もともとそんなに好きなわけではなかった勉強もますます集中できなくなって、毎日毎日、とにかく何もしたくないという思いばかりでした。

そんな自分の異変に、とても戸惑ったのを憶えています。
退屈な授業の最中にラクガキをして気を紛らわせていたはずなのに、それができないのがツラい。漫研の活動に顔を出すと(当たり前ですが)マンガの話になって、読まなくなった分だけついていけなくてツラい。
ついこの前まで好きだったはずのことをできなくなってしまったことがこんなにもツラいことなのだと身に染みて感じました。そして、それを解消できないことがどうしようもなくもどかしくて、苦しかったです。

そんな苦しさも重なったせいなのか、突如襲ってきて離れない”何もしたくない気持ち”はしばらく続き、ようやく気持ち的に調子を取り戻したのは文化祭開催直前だったと思います。何もしたくない、全部放り出したいなんて言ってる場合じゃなくて、自分がしっかりしなきゃ!と思い始めたのが文化祭開催の直前の頃、準備が大詰めに差し掛かった頃で、それから徐々に気持ちが戻っていきました。それから文化祭が終わってからも、いつも通りに戻ることができました。

けれども、大好きだったマンガを読むことやラクガキするのを再開することは、卒業する最後まで1度もありませんでした。

体験を経て

きっかけは何だったのか。原因は何だったのか。
今こうして振り返ってみて思うのは、おそらく自分では気づかないうちにいろいろと抱え込んでいたのかもしれないということぐらいでしょうか。

実行委員の仕事もクラスでの個人の役割も、部活動での引継ぎも原稿も練習も、私にとって仕事といえるものを全部自分で何とかしようとして抱え込んでしまった結果、まるで張りつめていた糸が切れてしまったかのように、本当に突然何もできなくなったしまったのだと思います。
それがたまたま、夏休み中の、もうすぐ2学期が始まるなぁと思いをはせる時期だったというだけなのかな、と。当時の私はなかなかの仕切りたがりだったのも、いろいろと抱え込むことになった原因の1つかもしれません。

漫画を再び読むようになったのは、大学に入ってしばらくしてからのことでした。
ぽつぽつとではありますが絵を再び描くようになったのも、大学に入って1年経ってからぐらいだったと思います。できなくなってしまったとはいえ、それでもやっぱり好きの気持ちは健在でした。
高校生だった頃のように思うように描けなくなってしまいましたし、当時のような熱さと勢いで好きな作品を追うこともできなくなってしまいましたけれど、それでも描くことも読むこともやめることはありませんでした。

好きなことができなくなってしまうことのつらさ、好きの気持ちは簡単には消えないのだということを学ぶきっかけとなった、なんとも不思議でちょっぴり苦い体験。
もしもあなたが似たような体験をしていたとしたら、好きなことを再び取り組むことができなくなったと感じてしまっていたとしたら、「大丈夫、きっとまたできるようになるよ。好きの気持ちは、そう簡単には消えないよ」と言いたいな、と思います。