私は日々、自分のことを観察しているタイプの人間らしいです。
私にとっては、自分が何を思ってどう感じたかを言葉にすることは普通のことだと思っていたので、いつだったか「すごいね」と言われたときは、目を丸くしたのを憶えています。
その瞬間の自分が何を思い、何を感じて、何を考えたか、といったことに注目して、それは何故なのか、どういうことなのか、掘り下げて考える。その結果、自分の中にある価値観や思い込みに気づいて、驚いたり感動したりするといったようなことが、私は好きなんだと思います。
そんな私が日常の中で得た気づきを、ブログに書いて集めておこうかなと思います。
今回は、実家で両親とともに朝食を取っていたときに得た気づきの話です。
そのパン、美味しかった?
我が家では朝食にパンを食べるのが習慣となっています。ご飯におかず、となるのは極稀で、大体が食パンや菓子パン、総菜パンなどを朝食にします。
ある朝のこと。
見慣れない美味しそうな半月パンがあったので、トースターで焼いてマーガリンをぬって食べました。テレビでニュースを見ながら、今日は何をして過ごそうかなと考えていたと思います。
トーストを食べ終わった頃、家事を終えて席に着いた母が私に言いました。
「そのパン、どうだった?美味しい?」
私はちょっと間を置いて、
「うん、まぁ…」
と答えました。
このときの私は、自分が食べたパンの味をまったく意識していなかったことに気づいて、そのことに驚くあまりに歯切れの悪い返事をしてしまったのでした。
意識はどこへ向いているのか
何かを食べて、味を憶えていないということは、味わうことに対して意識が向いていなかったということ。食事をする時、自分はどこに意識を向けているんだろう。
今回の場合は、食事をしながらテレビを見ていました。放映されている内容を見て、そのことについて自分の意見や感想を頭に浮かべ、父と会話をしたりなどもしていました。
その間も、パンを口に運んだり、噛んで飲み込んだりをしているわけですが、それらについての記憶は非常に曖昧です。
私の意識は、テレビのように持っていかれていて、食事に対しては何も意識していませんでした。
人間ってすごいなぁ。そう意識しなくても食事ができるんだもん。これがもし1個ずつしかできない生き物だったら、自転車や車の運転なんて夢のまた夢なわけだし。
そして、「自分が食事に対してほとんど意識が向いていなかった」ということを、母に質問されてようやく気付くという体験も、なかなか面白いなと思いました。人間、無意識な行動って自分じゃ本当に気づかないんだな、って思いました。
自分の無意識な行動に気づくには
自分が無意識に行っていることを認知するって難しいです。今回みたいに他者から指摘されると気づきやすいですけど、自分一人だと上手くいきません。
だからこそ、誰かに自分の無意識な部分を教えてもらえるのってありがたいことなんだなぁって思います。他者からどう見えているかとかどう思うのかを教えてもらえると、気づきがいっぱいもらえるので、人と話をするのは結構好きです。
また、自分の行動を記録に取ったり、その記録を振り返ったりすると、自分が何をしているのかがわかって無意識な行動に気づきやすくなります。1日のトイレに行く回数とか、ただぼーっとしているだけの時間が意外と多いとか、案外細々したことをたくさんやってるとか。
とにかく、自分の行動に意識を向けてみると、今まで気づかなかったことに気づける機会が増えます。私は今まで知らなかったことや気づかなかったことに出会えるのが面白くて、今ではすっかり自分観察が趣味になりました。
おわりに
テレビの話題ばかり頭に残っていて、せっかくのパンの味を何も覚えてないなんて、なんだか悲しくなったので、食事の時はできるだけ食事に集中しようって思いました。
こうした些細な気づきや発見をきっかけに、自分を省みて、より心地よく豊かな生活を営むための工夫をしていく。その繰り返しが自分の人生を豊かにしていくのかもしれないと思うと、これからも日常的に自分を観察していこうって思います。